汝の名は汝

銃を捨てろ!俺はパリピだ!

2017/2/16

昨日新しい生徒さんに初めて会った。

コミュニケーションの手段が英語しかないという崖っぷち案件。自分の英語の話せなさにほんとビビった。私が得意で武器にしてきたのはあくまで机上の語学だという自覚はあったけど、読み書き言葉と口語の性質が根本的に違うのを改めて痛感した。同じ「言葉」としてくくっちゃだめだ。特にマザータンではない場合。

 

さっきまでドラマ版クズの本懐を見ていた。

ついつい、友達同士のツイッターで「ナイス百合!」などと軽々しく言いそうになるんだけど、それはだめだよね。まずセクマイはコンテンツじゃないし、おちゃらけることで周りに受け入れてもらいやすくしようという姿勢。

傷つきたくない、気持ち悪がられるのがコワい、っていうのがたとえあったとしても、それを乗り越えなきゃいけないし、わからないかもしれない人たちにレベルを合わせて発言するのは正義に欠けた保守だ。

別にセクマイがテーマの作品ではないけれど、ナチュラルな入れ込み方がすごい。変な強調も拒否もないし、軽蔑も差別意識もない。

 

具体的に言えば、「オネエ」的キャラクターが男性を好いたり、「オトコ女」的キャラクターが女を好いたり好かれたり、みたいな、そういうのはステレオタイプで誇張でおちょくりで奇異扱いでしかない。

 

腐女子とか姫男子とかあるけどさ、当事者ではない人間が他領域のセクシュアリティをコンテンツとして消費するのはどうなのかなぁと思ってしまう。

当事者は見せるためにやってるわけじゃないもん。そういう風に生きてるだけだもん。

 

全然関係ないんだが、ちょっとこの作品ぞっとするんだよな…私の知り合いがつくりましたか?っていう………