汝な名は汝

雑記&雑記

2017/3/11 世の中さん

結局めちゃめちゃにサボってしまっている。書くことを思いつかない日でも何かしら、1行でいいから書こう。

 

「本当にそうか」を疑わないでというか、世の中で広く肯定されている「AならばB」という宙に浮いた定説、公式みたいなものを、自己に浸透させすぎなんじゃないか。定説だからといって自動的に自分にも当てはまる、と思ってるひと、てか、思ってるどころか、思ってもいない、自覚していない。自覚しないまま世の中の「大抵はそう」を宿してる。

 

そういうのを考えたときに、私は「世の中的AならばB」にあまり汚されていないほうかもしれないと、ハッとする。私は比較的、自分の見解をもとにものを眺めることができているんじゃないか。

 

無自覚にマジョリティルールを染み込ませて生きてるのと同じように、無自覚にマジョリティルールを蹴飛ばしながら歩いてるんじゃないか。

 

「世の中」に抗おうとしても、意識的には動物的行動はできない。抗うための社会的行動しかできない。意識の川が奥に流れているから。

 

でも、私のなかに「世の中さん」は棲んでないから、私はとくに意図なく、気分のままに、空中のルールに当てはまらない行動ができてしまう。のかもしれない。その面には意識の川が存在しない。

 

女子の制服がスカートだけの学校、大杉内?なんでだろう…。

 

私以外のひとからすれば超絶イミフな文章だろうけど、メモとして。