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日記と雑記

制服はスカート・自由=良い?

一個前の記事で、女子の学校制服がスカートばっかりだ、というのを気になることとして挙げました。

女子だからってスカートと決めつけんな!という怒りがトップにあったけど、ばしっとただのマイナス事象として扱うことはできないんじゃないか?と思い、いろいろな側面を書き出してみて、本質を探りたくなったので、立て続けにこうして記事を書いている。

 

めちゃくちゃに具体的な例の方向に、いったん踏み出してみよう。

 

小学校時代はズボンしか履かなくて、こっぱずかしいしどうせ似合わないし、スカートなんて履かないわ〜キャラの女の子。自分の女の子っぽい面とか、自分が女の子っぽく振る舞うことを肯定できないでいる。だけど、中学に進学すると校則だから、制服としてスカートを履かなきゃいけない。

 

ここで

なんでスカートじゃなきゃいかんのだ!

という流れもあり得るが

校則のもとでスカートの着用を社会的に許された…ホッ…

というパターンもあり得る。てか結構多い気がする。で、制服でスカートを履くようになることで、私服でスカート履くことにも抵抗がなくなる。なんとなく抑圧していた部分が自由になる。

 

ズボンってさ、変な言い方すれば…ズボンだけで生きいけちゃうでしょ。少なくとも現代の衣服文化・技術から考えれば、機能としてズボンは性別関係なく必要十分な存在。

それに比べてスカートって、昔は機能的意味があったかもしれないけど、現代においては社会的意味が強くて、機能としては多くの場面でズボンより劣る、ファッション性の表現であり、もはや生活用の道具ではない。

(風通し…はいいのかな…うーん)

 

もしも制服がスカートorズボン自由選択制だったら、スカートを履きたい男子やズボンを履きたい女子は嬉しいかもしれないけど、スカートを履いてみたいけどズボンを選ぶほうが自分ぽいからそうしちゃう女子とか、スカートめっちゃ履きたいけどセクマイが周囲に知られるかもしれないというリスクで葛藤する男子💡とか、「決めつけられている」という大義名分が使えなくなっちゃうことで困り果てる……とまではいかないとしても、強制されてる状態の方がまだまし、良い、という人達もきっと出てくる。

 

💡脱線💡自分用メモ

女っぽい男は笑われるけど、男っぽい女は女のまま。女っぽい男の女っぽさは異質物で、男っぽい女の男っぽさは個性。

 

 

(なんか書けば書くほど出口から遠ざかってるような)

 

私個人としてはとにかく'楽だから' 制服はズボンがいい。

だけど、スカート制服によって救われるかもしれない誰かの自意識がある。

つまり、私個人の理想は誰かの希望や救済を潰してしまう可能性がある。

 

自由こそが人間のなかでいつも正しい、良きことってわけじゃないんだな…。むじぃ。