汝な名は汝

雑記&雑記

2017/4/20 愚痴

性生活を変化させたことで、私自身の性観念は変わったし、性指向の道筋も見出しつつある。だから、性にまつわる「感情」「言葉」「視点」みたいなものって、とても流動的で、既存のそれらは思った以上にたいしたもんでもないのかなと考えている。

 

たとえば「本当に好きな相手としかセックスしたくない」という考えの人がいたとする。それはそれでいいんだけど、派生というか、延長線上に「セックスは本当に好きな相手としかしてはいけない」という考えがあって、そこまでいくと??となってきてしまう。

そもそも「本当に好き」って何ですか、と私は思ってしまうし、世の中で言われる「愛」なんてものも、単に有ると信じる(信じたい)人の数が多いというだけで、実は虚構なんじゃないかと感じる。

(「愛」ってなんかキリスト教的…いやキリスト教限定ではないにしろ、なんだか宗教に都合よくできてるような気がする。)

 

性にまつわる言葉があまりにも少ないせいだろうか。多様な人間関係や観念、感情などが、「恋愛」とか「愛情」というワードへ乱暴に収斂されてしまっているような気がしてならない。

 

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いま使われている日本語のなかには、比較的新しい言葉が多いと思う。

大学院棟から見える謎の建物が気になってwikiを見ていたんだけど(演説館)、福澤先生は本当にすごいな。明治の頃盛んに行われた、ない言葉をつくる(訳語をあてる)という作業は、どういう仕組みなのか想像もつかない。どんだけ頭いいの…

 

世界全部でそうなのか、日本国内だけなのかわからないけど、性にまつわる知識の黎明は避けられてきて、そのせいで今こうして私は悩ましさを抱えているんじゃないか。「恥ずかしい分野」のような扱いとか視線のせいで、なかなか発展が進まなかったんじゃないか。概念も言葉も何もかもが少ないままなんじゃないか。あるとしても、それはきっと専門的なレベルで、全然一般に広まってないんじゃないか。…悔しい。