汝の名は汝

銃を捨てろ!俺はパリピだ!

2017/5/24

「けがれ」をiPhoneで変換すると「穢れ」「汚れ」と出てくる。

(てかiPhoneってアイフォンじゃなくてアイフォーンって打たないと出ないんか)

 

私はこれまでケガレというものは、きたないものへの嫌悪を表した言葉だと思っていた。しかし網野善彦先生の本を読んでいたら、そんな考えを持っていた私にとってを画期的な記述があった。

 

”ケガレとはなにかは大問題ですが、私は山本幸司さんが「貴族社会における穢と秩序」(『日本史研究 二七八〇号』)という論文でいっておられるように、ケガレとは、人間と自然のそれなりに均衡のとれた状態に欠損が生じたり、均衡が崩れたりしたとき、それによって人間社会の内部におこる畏れ、不安と結びついている、と考えることができるのではないかと思います。
たとえば人の死は欠損で、死穢が生じますし、人の誕生は逆にまた、それまでの均衡を崩すことになり、産穢が発生する。人間にとってどうにもならない力をもった火によっておこる火事は、社会のある部分の消滅によって焼亡穢を生み出します。平安期の貴族の世界では、このような穢れが大問題になってきたのです。”

(出典:ちくま学芸文庫『日本の歴史をよみなおす』網野善彦)

 

ケガレ=きたならしい、いやしいではなく、欠損や均衡の崩れを意味するものだったのか。現代にある差別も、根本にはこういうある種の畏怖が流れているんじゃないだろうか。まだこれ読み切ってないけど、かなり面白いです。

 

こないだ読み終わったのが『盆踊り 乱交の民俗学』(下川耿史)です。大学の図書館で借りたんだぜ。私は本当に性に関しての恥じらいのような感覚が無くて、世の中についていけない…。必要以上に恥を重んじるのが日本社会であって、それを変えていきたいという自負はあるものの、性的な趣き・エッセンスとしての恥すらもなくて……いいんだか悪いんだか。この本返したとき返却カウンターのおじさんが戸惑ってたけど、その戸惑いや視線!「そういうの」を意に介さないでいたいとは思う。くだらない。現代は乱交が是とされないから窮屈ですね。私は大好きなんだけど、なかなか文字に起こすのは躊躇われる。口頭なら可能?

 

乱交本の感想はいつか…書く…かも……